鋼太郎 ストーリー

EPISODE1

鋼太郎目覚めの一言
「朝 目が覚めたら メッチャ捕まっていました」

『八咫烏 鋼太郎(やたがらす こうたろう)』。
アキバに少し詳しいなら、この名を知らぬものはいないだろう。

もはや布と言っていいような露出の激しい煽情的なファッション。
鉄釘バットにしか見えないギター『グラムニル』は鋼太郎のトレードマークにして、主力兵器だ。
鋼太郎はアキバ系のアイドルとしては珍しく、ロックミュージックを得意としている。
だが、音楽だけではなく鋼太郎は生き様もロックだ。
鋼太郎は常に何かと闘っている……主に闘っている相手は『常識』や『規制』という巨大な力だ。

それだけでなく鋼太郎はアイドルたちが血で血を洗う戦いを繰り広げる東京……いや『頭狂』で、残念ながら脆弱な勢力であるアキバアイドルを引っ張る女王『鬼蝮 ユリア(おにまむし ゆりあ)』の元に集った戦士としても活動している。

今日は、そんな鋼太郎の生活に迫ってみよう。
どうやら鋼太郎は、ある場所で目を覚ましたようだが……?
「朝 目が覚めたら メッチャ捕まっていました」

EPISODE2

慰めの天使から一言
「アキバの男の人の天使に♥ アキドルに♥ なりたかったんでぇ~すううぅ♥」

ここで鋼太郎の人となりについて、もう少し詳しく触れてみよう。

『アキバ帝国の女王、ユリアの元には天使が集う』これはアキバ民なら誰でも知っている言葉だ。
天使のうち1人は大人気メイドの『葉和 とれび(はわ とれび) 』。
週末には彼女のエンジェルスマイルを求めて癒されに来たお客が、お店に長蛇の列が形成すること、また彼女の破壊的な味覚センスから『終末の天使』と言われている。

そしてもう1人が鋼太郎だ。鋼太郎は『慰めの天使』と言われている。
鋼太郎は誰よりも慈悲深い。どんなハードな愛も完全に受けきる……というかハードであるほど喜ぶ。
さらに付け加えると鋼太郎は極めて感じ入りやすい。
些細な出来事にも、白目を剥いて華奢な身体を震わせ、身悶える鋼太郎の姿はアキバの名物にもなっている。

どんな出来事でも大きな悦びに変換できる鋼太郎。
そう、鋼太郎は誰よりも『自らを慰める』ことが得意な天使なのだ。
人はそんな鋼太郎の姿を見て『アレよりはまともな人生を送っている』と慰められるのである。

鋼太郎はファンのみんなに向かってこう叫ぶ。
「鋼太郎♥ アキバの男の人の天使に♥ アイドルに♥アキドルに♥ なりたかったんでぇ~すううぅ♥」
……そんなみんなのアイドル鋼太郎が、どうして捕まってしまったのだろうか?

EPISODE3

職務質問を受けて一言
「イグっ♥ イグううぅー♥ 池袋にイっちゃうのおおぉぉ!」

――事の発端は1日前だ。
秋葉原で過激なLIVEパフォーマンスを行っていた鋼太郎。
だが、その服装、ギター、なにより鋼太郎の振る舞いは一般人には刺激が強すぎたようだ。

「……ちょ、ちょっと君。いいかな? そ、それは何? ギター……なの?」
勇気あるお巡りさんが鋼太郎に職務質問をしてきた。
だが、鋼太郎はこれから池袋でユリアたちとともにイベントのリハーサルを行うことになっており、悠長にお巡りさんと会話をしている場合ではなかった。

「イグっ♥ イグううぅーー♥ 鋼太郎、池袋にイっちゃうのおおぉぉ!」
「ちょっ! ま、待ちなさい!」
こちらの質問に答えず、逃げだそうとする鋼太郎の腕をお巡りさんは強く掴んだ。
「それ! 危険物じゃないの!? ちょっと調べさせて……」
お巡りさんの主張は正当なものだったが、急いでいた鋼太郎はそんな彼の態度にイラッとしてしまい、つい暴言を吐いてしまう。
「んあっ!! んあおっ!! くしゃいい♥ くしゃいよう♥ お、お巡りさんのお口、ヒャブリーズしても全然ダメなくらい匂いでるよおぉっ!!」
「……君、ちょっと署まで来てくれる?」

……こうして鋼太郎はお巡りさんとデートをすることになってしまったのだ。

EPISODE4

結局連行されて一言
「こーたーろーうーつーかーまーっーちゃーっーたー」

お巡りさんは鋼太郎を連れて警察署まで戻った。
「さて……君のことと、そのギター(?)のこと、詳しく聞かせてもらうからね」
お巡りさんは鋼太郎から提示された学生証を見ながら質問を始めることにした。
「……八咫烏鋼太郎、15歳か……君、名前は八咫烏鋼太郎でいいんだよね?」
お巡りさんの質問に頷くような素振りをすると、鋼太郎は大きな瞳に涙を浮かべながら答えた。
「こーたーろーうーつーかーまーっーちゃーっーたー」
鋼太郎の泣き顔は可憐で、一瞬お巡りさんは自分が残酷なことをしてしまったような罪悪感に襲われる。
(いや……どう考えてもあの凶器は見逃せない)
気を取り直し、お巡りさんは鋼太郎への質問を続ける。
「……危ないこれは何? 本当に楽器なの?」
「やあぁっでるうっっ!! 音でるよぉうっ!! そんな所触ったら、音がたっぽしたっぽしでちゃうおぉっ!!」
「……あ、一応ちゃんと演奏はできるみたいだね」
「いっしょにちゅっこちゅっこ演奏♥ してくださいませぇ♥♥」
「……しないよ。……ん?」
お巡りさんはそこで重要な事実に気が付いた。
「……君、もしかして男の子なの? 男の子なのにそんな格好してて、恥ずかしくないの? ……っていうか、女の子でもその衣装は問題だけどね」
「ぶひっぶひひっ……ぶっひいぃぃいいいいいぃぃぃぃ~っ♥」
厳しいお巡りさんの一言に、鋼太郎はショックで奇声を上げながら倒れてしまった。

EPISODE5

夕飯を食べて一言
「鋼太郎、ご飯おいしすぎてクルクルパーになっちゃうですうぅッ♥」

お巡りさんは自分の言葉が鋼太郎に著しいショックを与えてしまったことを反省した。
そして白目を剥いて涎を垂らして痙攣している鋼太郎の姿を見て、彼(の頭)を不憫に思ったのか、まずは食事を勧めることにした。
「……僕は、引き続きこのギター(?)を調べなきゃいけないけど……鋼太郎くんは、ご飯でも食べてて」
「うっ、ふへえぇぇえぇ♥ 有難うございますっ♥」
だが留置場の質素で冷たいご飯だと、ただでさえ露出の激しい鋼太郎のお腹が冷えてしまうかもしれない。
そう考えたお巡りさんは自分のご飯である熱々のシチューを鋼太郎に分けてあげることにした。
「……本当はこういうサービスはないんだけどね。特別だよ」
お巡りさんからシチューを受け取った鋼太郎は、一心不乱に食べ始めた。
「あ、あっへぇ♥ あっへぇ♥おいひいいぃいんんんっ♥ 濃厚とろろミルクで作ったお巡りさんのシチュー、おいひいいぃいんんんっ♥」
「……そ、そう気に入ってくれたなら良かった」
「おいしすぎてクルクルパーになっちゃうですうぅッ♥ はふうぅうっ……ゴチソウだ……ごちそう……♥ んぶむっ……むぢゅう♥ チュッ……ぺロッ♥ んぶむっ……むぢゅっ♥」
「……誰も取らないから、もうちょっとお行儀よく食べようね」
皿まで食べるようなものすごい勢いでシチューを掻っ込む鋼太郎の姿を見て、お巡りさんは心配になってきた。
(一体、鋼太郎くんは普段どんな食生活を送っているんだろうか……ちゃんと毎食食べられているのかな?)

EPISODE6

布団で横になって一言
「お布団きもちいすぎてバンザイしちゃうっばんじゃいっばんじゃい゛!」

夕ご飯を食べ終わった後、鋼太郎は再びお巡りさんからギターについての質問を受けていた。

「うーん……音は確かに出るけど、これ本当にギターなの? どういう構造なの?」
「おっ♥ しらっ♥ 知らないもんっ♥しら……なっひいぃん♥♥」
「そ、そう……じゃあ申し訳ないけど、このギターが本当に安全なものか調べ終わるまで返せないから」
「ああああ♥ だめぇぇ♥ そんなのぉ♥ そんなのだめえぇ♥ LIVEは明日だよぅっ♥」
「……そう言ってもねぇ。とりあえず今日はもう遅くなっちゃったから、ここに泊まってもらうね」
哀れ捕らわれの身となった鋼太郎は、そのまま留置場にお泊りとなってしまった。
だが、お巡りさんにお布団を用意してもらった鋼太郎は満面の笑みでダイブを決める。
「お、おお、おぉおかじぐなるぅうっ♥ あ、あぁあああっ♥ お、ぉおおおお布団匂いでぇえっ♥ ね、眠たい気持ちがどめられないよぉおおっ♥」
「……眠いなら、もう寝ていいよ」
「お布団きもちいすぎてバンザイしちゃうぅっバンザイっばんじゃいっばんじゃい゛っぱゃんに゛ゃんじゃんじゃいぃぃっ!」
「……うん。お休み」

鋼太郎とのやり取りに大分慣れたらしいお巡りさんは、彼が布団に入ったのを見届けると灯りを消した。
すると、すぐに鋼太郎の安らかな寝息が聞こえてきたのだった。

EPISODE7

夢の中で一言
「んおおおおおぉぉっ♥ ああ゛っ出てる♥ とれびちゃんの濃縮おかしクリーム♥」

ようやく静かになった署内で、お巡りさんは鋼太郎のギターをじっくりと調べていた。
「……どう見ても凶器にしか見えないけど、ちゃんと音が出るんだよな……はぁ、訳が分からないよ」
溜息をつきながら、鋼太郎のプロフィールの詳細が記載された書類を見て、彼は鋼太郎のことを思う。
(……鋼太郎くん、アキバの男性のアイドルになりたいって言ってたけど……普段どういう生活を送ってるのかな? というか、ちゃんと人間として扱われているのかな?)
すでに彼の頭の中は鋼太郎のことで一杯だった。

そんな中、奥の鋼太郎が寝ている部屋から、ものすごい悲鳴が響いてくる。
「んおおぉおぉぉぉ……おおぉおぉぉおぉおおっほぉぉぉおぉぉぉぉおおっぉおぅおおお~~っ♥ おおんっおっうぅぅぅあぁぁおぉぉぉぉ~~っ♥」
「ど、どうしたの!? 鋼太郎くん!?」

慌ててお巡りさんが駆けつけると……なんと布団の中で鋼太郎が身体を弓のようにしならせて、白目を剥いて痙攣をしていた。
「こ、鋼太郎くんっ!? し、しっかり!……やはり言動がおかしかったのは何かの病気だったのか!?」

お巡りさんは鋼太郎の身体を揺すって、無事を確かめたのだが……よく見ると、彼はどこか満足した様子だったので、お巡りさんはとりあえず放置しておくことにした。
……しかし一体、鋼太郎の身に何があったのだろう?

EPISODE8

汗まみれで一言
「らめえっ♥ らめにゃのぉぉお゛♥ ドロリ濃厚とろろミルクくらしゃひっ!」

その時鋼太郎は夢を見ていた。
夢の中で鋼太郎は、とれびのお店でお客として座っているようだ。
そこに満面の笑みを浮かべたとれびがやって来る。
「あ! 鋼ちゃ~ん! やっほ~! 今日はとれびの新作ケーキの試食に来てくれてありがと~!」
とれびの持つトレイの上には、見るからに『危険物』といった風のケーキが山盛りになっている。
「ひょほおおおおぉおおおっ♥ のほおおおぉおおっ♥ほっごおおっおっ♥ りゃっ、りゃめえぇええんっ♥イ、イッちゃうぅっ♥ 鋼太郎、昇天しちゃううぅぅっ♥ だからりゃめえぇえっ♥」
流石の鋼太郎もとれびのケーキを見て顔を青くするが、純真無垢なとれびにお願いされると、ついドMスイッチが入ってしまう。
意を決して鋼太郎はケーキを一口食べてみた。
「とれびちゃんのおかし……あったかくて……ほっとして……あうぅ……」
その瞬間、鋼太郎の口に激痛が走る!
「んおおぉおぉぉぉ……おおぉおぉぉおぉおおっほぉぉぉおぉぉぉぉおおっぉおぅおおお~~っ♥ おおんっおっうぅぅぅあぁぁおぉぉぉぉ~~っ♥」
鋼太郎は椅子から転げ落ちてその場で頭を抱える。
「あ゛ーっ♥ あ゛ーっ♥ あ゛あぁあ゛ーーっ♥あ゛だまがおかじくなっれじまいまずうぅううっ♥」
たまらず鋼太郎はとれびに向かって手を伸ばした。
「らめぇ、らめぇぇえぇ らめにゃのぉぉお゛♥ドロリ濃厚とろろミルクくらしゃひっ♥」
……夢の中で鋼太郎は口から火を噴き、牛乳を求めながら身悶えしていたのだった。

EPISODE9

牛乳(ミルク)を前に一言
「鋼太郎みゆくぅのむのぉお♥ みゆくおいひいいぃいんんんっ♥」

……次の日の朝、お巡りさんの目には鋼太郎が元気を失っているように見えた。
(まあ、留置場で快眠できる人は少ないと思うけど……鋼太郎くん、大丈夫かな?)
「……そうだ、鋼太郎くん、朝ご飯食べない?」
お巡りさんの提案に、鋼太郎は目を輝かせる。
「……と言っても、牛乳とパン……あとはお味噌汁くらいしかないけど」
「鋼太郎! ぱんすきっ、ぱんぱんちゅき〜〜っ!」
鋼太郎の笑顔を見たお巡りさんはホッとして、彼に朝ご飯を用意してあげた。
「……はい。召し上がれ」
「鋼太郎みゆくぅのむのぉお♥みゆくおいひいいぃいんんんっ♥」
どうやら鋼太郎は牛乳が好きなようだ。
「み…乳(ミルク)がッ♥ いっいっぱい…いっぱいで幸せですうっ♥♥」
感激した鋼太郎はお巡りさんの分のパンを焼いて、一緒に食卓につくように促した。
「鋼太郎、しあわせミルクと、たっぽしたっぽしおみそ汁を……ノリパン添えでご提供しますっっ♥♥」
「あ、ありがとう……じゃあ一緒に食べようか」
「はぁあぁあん♥ 見てぇ…貝のおみそ汁が、おはしの間でこうやって……クチュッ♥ って糸引いちゃって……完熟っ……食べごろ……ジューシーですよぅ♥」
「いやいや! お味噌汁に完熟とかないでしょ!これ、痛んでるだけだから! 鋼太郎くん、食べちゃだめだよ!」
……いつになくにぎやかな朝食になったが、お巡りさんはいつの間にか『こんな食事も悪くないな』と思うようになっていた。

EPISODE10

釈放されてお礼の一言
「老い先短い風前の灯お巡りさん、ありがとうごじゃいますっ♥」

朝ご飯の後、結局鋼太郎のギターはちゃんとした楽器だと認められた。
如何に鋼太郎が挙動不審だと言えども、何の罪もない彼をこのまま警察署に留めておくわけにはいかない。
だがそれでもお巡りさんは悩んでいた。
(鋼太郎くんを本当にこの世に放っていいんだろうか? この子自体が『危険物』なんじゃあ……?)
だが、すぐに迷いは断ち切られた。
(いや……この子の言動はアレだけど、いい子だ。信じてみよう。それに……鋼太郎くんは自由だからこそ、アキバのアイドルとして皆から愛されているんだろう)

お巡りさんは鋼太郎にギターを返すことにした。
「……いいかい、鋼太郎くん。次は気を付けるんだよ。こんな危ないものを振り回してたら、捕まるのは当然なんだからね。あと、もうちょっと露出も控えてね?ちゃんと普通にご飯を食べるんだよ」
「はひいぃっ♥」
すっかりお母さん状態になってしまったお巡りさんは昨日からのことを振り返り、少し寂しそうな笑顔を浮かべると鋼太郎に別れを告げた。
「……じゃあね、鋼太郎くん。なんだかんだ言っても、ちょっとだけ楽しかったよ」
「コータローもねー」
「じゃあ、元気でね」
「老い先短い風前の灯お巡りさん、ありがとうごじゃいますっ♥」
「……僕はまだ20代だよ」

鋼太郎は軽やかな足取りで警察署を出ていった。

EPISODE11

高揚して昂り一言
「ふへぇぇえぇ♥ しゅごいっ♥ LIVEってっんきもぢい゛ぃーっ!」

その日……勤務が終わったお巡りさんは、なんとなく鋼太郎がLIVEをするという会場に足を運んでみた。
紆余曲折はあったものの、やはり彼のことが気になってしまったのだ。
ステージでは鋼太郎が凶器的なギターを振り回し、狂気的なLIVEパフォーマンスを行っていた。

「おねがいっ♥ みんなの夢を守るために一緒に……一緒にばんじゃいっ♥ おねがいしますうぅっ♥」
鋼太郎の声にファンたちも歓声をあげる。
(なんだ鋼太郎くん、ちゃんとアイドル活動しているじゃないか。ちょっと驚いたな)
お巡りさんは少しだけ安心をした。
……だが次の瞬間、ファンの声援を浴び、1人で気持ち良くなった鋼太郎は、ダブルピースをしながら白目を剥いてその場にひっくり返ってしまった。

「んおおぉっ♥ おおほぉっ♥ いいよおおおっ!!LIVEってっきもぢい゛ぃーーっ!!おっ、おっ、おぉーっ♥ しゅごいぃのぉおおぉぅ♥」

その刹那……彼のスカートがひらりとめくれ、偶然中身を見てしまったお巡りさんは絶句した。
(そんな……信じて送り出したフダツキの彼がファンが引くほどの変態LIVEにドハマリして昇天顔ダブルピースサインを僕に送ってくるなんて……!)
「鋼太郎くん……君との再会は、案外すぐ先の未来かもしれないな」
……お巡りさんは鋼太郎に向かってそう呟くと1人LIVE会場を静かに去っていったのだった。

募集部門に戻る