SPEC:レグルス
「わ、私はMDA-21『レグルス』って言います。新米防衛プログラムです。その……頑張りますぅ!」
私の名前は『MDA-21【レグルス】』です。ファクトリー製の防衛型BOTプログラムアバターをやっています……一応。
なんで『一応』とつけるかと言いますと、そのぉ……私、まだ実戦を経験したことがないんです。
当然部隊では一番下っ端です。情けなくなるくらい、弱っちいんですぅ……。
頑張って先輩たちみたいに悪性ウイルスをビシッ!とやっつけられるような、カッコイイ防衛プログラムになりたい……と思ってはいるんですけど……中々上手くいきません。
この間も疑似エネミーをやっつける訓練で、電磁ビームを出すはずが、慌てたらなぜか装甲を全部キャストオフしちゃって……。
ううう。あれは恥ずかしかったですぅ。
穴があったら……ううん、自分で穴を掘って埋まってしまいたいくらいでした。
私、先輩たちみたいに『何が何でもネメシスをやっつけるぞぉー!』っていう気合いもイマイチ足りてないし……このままで本当にいいんでしょうか? はぁ……。
夢と希望と
「明日はいよいよ、初めてネメシスの悪性アバターと戦う予定なんだけど……ううぅ、自信がないよぉ」
その日……私は海にいました。そこではある女の人が待っています。夕日を背負った彼女の姿は、光の中に溶け込んでよく見えませんが……私は彼女と……彼女を……。
そこで私は目が覚めました。どうもいつもと同じ夢を見ていたみたいです。その夢はとても懐かしくて切ないもので、しばしば私はまつ毛を濡らして起きることもあるのでした。
夢の中で私は海を目指していますが、ファクトリーの外へ出ることなんて半人前の私には滅多にない出来事です。当然海なんて一度も行ったことがありません。
(一体……この夢は何を意味してるのかなぁ?)
ぼーっとして時計を見ると私は思わず飛び跳ねました。
「た、大変! 今日は大事な初陣なのに遅刻しちゃうぅ~!」
私は急いで身支度をするとラボに向かいました。
「遅いぞ! レグルス!」
「ご、ごめんなさい~!」
研究職員のみなさんに怒られた後、私はいつものように拘束具をつけてもらいました。私はまだ半人前なので、自分の力を上手くコントロールできないんです。ストッパーとしての拘束具は必需品でした。
「……今日はお前の初の戦闘だし、相手はそんなに強力なウイルスではない。訓練通りに行動すればいいよ」
「は、はひっ!」
思わず噛んでしまった私を見て研究職員の方は苦笑しています。
(ううう……こんな調子で私、本当に戦えるかなぁ~。自信がないよぉ~)
希望と仲間と
「あわわわ……やっぱり私、ダメダメですぅ。シリウス先輩が助けてくれなかったら、どうなってたか……」
私は先輩たちと共にネメシスの悪性ウイルスと対峙しました。
(しっかりしなきゃ……しっかりしなきゃ……)
戦闘開始直前、私の肩を誰かがポンと叩きました。
「ひゃああああーーッ!? て、敵ですか!?」
「お、落ち着いて! レグルス!」
「はわわわわ……シリウス先輩!」
シリウス先輩は防衛プログラムの中でもトップレベルの実力を持つエースで、皆の憧れの的なのでした。
実は……私も彼女に憧れる1人だったりします。
「……大丈夫? レグルス、今日のウイルスはそんなに強くないし、そんなに緊張しなくていいよ」
「ひゃいッ!」
「……まあ、いいか。よーし! じゃあ戦闘開始!」
いよいよ戦闘が始まりました。確かに相手は低レベルなウイルスのようです。
でも……緊張した私はまともに戦えませんでした。
「あわわわわ……!」
ウイルスの刃が私の喉元に迫った瞬間、シリウス先輩が手にした大剣で相手を一閃してくれました。
「シ、シリウス先輩!」
「大丈夫よ。私もついてるんだから……思いっ切り戦いなさい!」
「は、はいッ!」
シリウス先輩は私を励ますと、再び最前線に戻っていきました。
(やっぱりカッコイイなぁ……シリウス先輩)
戦場を駆け抜けるシリウス先輩は、まさに一条の光のように煌めいています。
(それに比べて私は……ううう。情けないなぁ……)
仲間と秘密と
「初陣は散々でした。このままじゃ先輩たちのお荷物です。私にもマシな機能とかはないんでしょうか?」
……記念すべき私の初陣は散々なものでした。
「レグルス、気にしなくていいんだよ。誰だって最初はそんなものなんだから」
「そうそう! シリウスだって最初は武器もろくに使いこなせないのに、敵に突っ込んで爆発とかしてたよ」
「ちょっと! スピカ! その話は止めてって言ったじゃない!」
先輩たちは私を励まそうと、明るく話しかけてくれますが、私の心は晴れませんでした。
自分の無力さを思い知った私は、1人でラボに籠りました。自分の身体をチェックするためです。
私は、ちょっと変わった事情があって……自分で自分の身体を100%把握ができていない状態でした。
(もしかしたら、この身体には戦闘に役立つ可能性が残されているかも……?)
検索するとロックがかけられた機能をいくつか発見しました。私はそれを順番に解凍していきます。
「これは……『上手に犬のしつけができる機能』?……うーん、戦闘には関係ないよねぇ?」
ロックがかかった機能はほとんどがガラクタのようなものでしたが、私は巧妙に隠されていたある機能を発見しました。
解凍してみると、その機能はほとんどがブラックボックス化されて使えませんでしたが、『ZTX2エクスキューション』というシステムだけは辛うじて今の私でも使えそうでした。
「……よし! これでちょっとはマシになるかもしれない!」
私は喜んでそのシステムをインストールしたのでした。
秘密と狂気と
「隠されていたスキルをインストールした後の模擬戦で私は意識を失いました。そして目覚めると……」
その夜……私は夢を見ました。
いつものように海を目指す懐かしい夢ではありません。それは……破壊に彩られた恐ろしいものでした。
私は色々なものを壊しました。時には幼い少年や、可愛らしい動物も葬りました。ありとあらゆるものが動かなくなるまで、私は破壊の限りを尽くしました。
そしてふと割れた窓ガラスに私の顔が映し出されます。私はなんと……笑っていました。とても嬉しそうに……。
「……いやああああぁぁーーッ!!」
「……ス……ルス! レグルス! しっかりして!」
「シリウス先輩……どうして私の部屋に?」
「今日は貴女、模擬戦の日でしょう? 一言応援しに来たんだけど……そうしたら悲鳴が聞こえてきたから」
「そ、そうですか……ありがとうございます」
「今日は休んでメンテした方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫です! 私平気ですから!」
私はシリウス先輩をこれ以上心配させないように、無理に笑顔を作りました。
予定通りに模擬戦が行われるフィールドに向かうと、そこではスピカ先輩が待っていました。
「気楽にかかってこい!」
「は、はいッ! よろしくお願いいたします!」
せっかくの機会です。私は迷うことなく、新しくインストールしてみた機能を試してみることにしました。
「『ZTX2エクスキューション』オープン……カウント、3、2、1……」
カウントが0になり、機能を解放する直前……私の意識はブラックアウトしました。
次の瞬間……目の前には中破して背中から火を噴いているスピカ先輩の姿がありました。
狂気と悪夢と
「模擬戦で先輩を破壊したのは私の意志じゃありません! ……私の中に一体何がいるんですか!?」
私は中破したスピカ先輩の姿を見て、ただ茫然としていました。しかも今気が付きましたが、私の身体はシリウス先輩たちに羽交い締めにされています。
「せ、先輩……これは一体どういうことですか?」
「それはこっちのセリフだよ! レグルス!貴女、どうしてスピカをこんな風に攻撃したの!?」
「えっ……?」
スピカ先輩はベテランです。そんな大先輩を半人前の私がこんなに滅茶苦茶にできるはずがありません。
いいえ、例え実力があったとしても……仲間をこんな痛ましい姿にするなんて、私は到底できません。
できるはずがないのに……。
(私……すごく胸がドキドキしている……これは、嬉しいの? 私、喜んでいるというの?)
私の胸は、身体は、相手を破壊したという興奮で震えていました。
そっと自分の顔に手をやると、唇が三日月型になっていて、私は今自分が笑っているとハッキリ理解しました。
「い、いやああああぁぁーー!!」
……それから調整室に運ばれた私は、研究職員たちからある事実を打ち明けられました。
私はとある悪性ウイルスの残滓をベースに作られた実験的な防衛プログラムであるという事実を……。
(……確かに私は元から攻撃に特化した実験的プログラムだってことは聞いていた……でも、あ、あんな残酷な攻撃を自分の意志もなく行ってしまうなんて!)
私は自分の中にいる悍ましい存在に怯え、涙しました。
(私の中にいるものって一体なんなの!?私、どうなっちゃうの!?)
悪夢と真実と
「私はウイルスを元に作られた? そんな私が本当に戦えるんでしょうか? シリウス先輩……怖いです」
私に向けられる周囲の目は明らかに変化しました。
中にはかなり露骨な警戒心を向けられることもありました。
当然です。自分の力を制御できない、プログラムなんてただのバグと変わりません。
……結局正体を教えてはもらえませんでしたが、私を形成しているという悪性ウイルスは、当時ファクトリーにとってかなりの脅威だったらしく、それに対する悪感情も今の私にぶつけられているよう
なのでした。
当のスピカ先輩やシリウス先輩は『気にしなくていい』と言ってくれましたが……私は自分自身が心底嫌いになってしまいました。
(……こんな私がファクトリーの防衛プログラムとして存在していていいのかな?いっそ、削除してもらった方がいいんじゃ……)
そんな風に悩んでいたある日……ファクトリーに敵襲の報せが入ります。ネメシスからやって来た悪性アバターによる広域攻撃が始まったようです。
「……戦闘にはレグルスも参加してもらう」
「そ、そんなっ!? む、無理です! 私には!」
「レグルス……スピカはまだ出撃できる状態じゃない……戦力が足りないの。分かるよね?」
「……はい」
「……大丈夫、もしレグルスに何かあっても、私が絶対に貴女を守って見せるから」
「シリウス先輩……」
シリウス先輩は私の肩を優しく抱いてくれました。自分を信じることができない私でしたが、シリウス先輩の言葉を信じて、戦場へ向かう決意を固めました。
真実と混沌と
「や、やっぱり……戦場で私は、私じゃない誰かに意識を奪われてしまい……シリウス先輩をこの手で!」
悪性アバターとの戦闘は、最初のうちは順調でした。ですがネメシスからやってきた悪性アバターをその目で見た瞬間……『破壊衝動』という名の感情が迸りました。
「ウフフフ……アハハハーーッ!!」
私はネメシスの使者を一刀両断すると、私は支援のために展開されていたファクトリー製の無人小型兵器を壊し始めました。
「レグルス! 止めなさい! レグルス!」
「アハハハーッ!こんな楽しいこと、やめられませんよぉーーッ!せんぱぁああーーいぃッ!!」
「くっ……こうなったら仕方がないわ。レグルスの暴走を抑えるためには、直接触れて一部のプログラムをオーバーライドさせる……そのためには私とレグルスがダイレクトに繋がらないと!」
シリウス先輩は、無謀にも私に向かって飛び込んで来ました。
「アハハハーーッ! せんぱぁーーい……プログラムの粒子になるまで、私が壊してあげますねぇーー!」
「ぐっ!?」
私はシリウス先輩の脇腹を手にした電磁サーベルで思い切りえぐりました。が、それと同時にシリウス先輩が私に自分のプログラムをダイレクトに流し込んできます。
瞬間……私の頭はスパークして、一気に回線がショートしました。
「うう、ん……私、一体何を?」
「良かった……レグルス、元に戻ったのね……」
先輩は弱々しく微笑むとそのままぐったりと倒れ込んでしまいます。先輩の身体は、大きく消失していました。
「シリウス先輩……いやああああぁぁーーッ!!」
私は自分の罪をハッキリと自覚して、絶叫しました。
混沌と葛藤と
「重傷のシリウス先輩から聞いた私の過去。怖い……そんな恐ろしいものがこの身体の中にいるなんて!」
……シリウス先輩はデータ破損率が高く、ラボのアーカイブ施設に緊急格納されました。私は毎日シリウス先輩の病室に通い、懺悔をして彼女の回復を祈りました。
ベッドで静かに眠るシリウス先輩の手を握ると、私は涙を流しました。涙はシリウス先輩の頬を濡らします。
「うっ……!? こ、ここは?」
「シリウス先輩! 良かった……目が覚めて」
「レグルス……貴女、泣いているの?」
「ごめんなさい……先輩、本当にごめんなさい」
「……泣かないでレグルス、貴女の破壊衝動は、貴女のせいではない……『シュープリス』のせいなの」
「シュープリス?」
私は私のベースとなったシュープリスという名の悪性ウイルスと先輩たちの戦いの話を聞きました。
「そんな恐ろしいウイルスがベースだったなんて……私はやっぱり消えた方がいいんです!私はいつか今度こそ、仲間を壊してしまいます!」
「……それは違うよ。貴女を作っているのはシュープリスだけじゃない、シュープリスによって消去された仲間のデータもしっかりと宿っているはず。貴女は消えていった仲間の『希望』でもあるの」
シリウス先輩はそう言うと、私の頭を優しく撫でてくれました。
「それに……私にはシュープリスがただの悪性ウイルスだったとは思えないの。まるで何かに憑りつかれて変わっていってしまったような……きっと元は」
シリウス先輩は最後まで言葉を紡ぐことができませんでした。ファクトリー内に緊急アラートが鳴り響いたからです。
「これは……敵襲!?」
葛藤と勇気と
「戦場に立った私は再び破壊衝動に襲われました。でも、私をある『少女』の声が救ってくれたんです」
緊急アラートの原因は、ネメシスの悪性ウイルスの襲来でした。さらに不幸なことに問題の座標に即座に向かうことができるのは、私とシリウス先輩だけでした。
「……貴女が行きなさい。レグルス」
「そんな! わ、私なんかじゃ無理です!」
「大丈夫……貴女なら絶対に自分自身を制御できるわ。私は信じている」
「シリウス先輩……分かりました」
私は不安を抱いて戦場に独り向かうことになりました。
予想通りネメシスの使者との戦闘は激しいもので、私は再び強い破壊衝動に襲われました。
(う、ううう……もう……ダメ……!)
そう思って諦めそうになった瞬間……私は不思議な少女の声を聞きました。
(大丈夫よ。天使さまの言葉を思い出して。貴女は『私』の……いいえ、『私たち』の希望なの。だから……頑張って……貴女なら必ず成し遂げられるわ……)
その声は懐かしく、まるで夢の中の海を思わせるような温かいものでした。
(そうだ……今ここで、私が頑張らなくちゃシリウス先輩の……そしてみんなの願いを裏切っちゃうんだ!私は……ファクトリーの防衛プログラムなんだから、ウイルスに負けるわけにはいかない!ましてや自分自身の破壊衝動なんかには絶対に負けないんだから!)
「……モード『レーベシュテルン』! オープン!」
私が初めて自分の意志で放った。
『ZTX2エクスキューション』は一撃でネメシスの使者を粉砕しました。
「やった! やりました! シリウス先輩ーー!」
私は久しぶりに心からの笑顔を浮かべて、シリウス先輩の待つ病院まで戻りました。
勇気と決意
「破壊衝動を制御できるようになった私。まだまだ新米ですが、先輩たちと一緒に世界を守ってみせます!」
独りでネメシスの使者と対峙した戦闘からしばらく経ち……シリウス先輩もスピカ先輩も戦線に復活した頃になると、ファクトリーの人たちが私を見る目はまたもや変化しました。もちろん好意的な方向にです。
『レグルスは己を律することができる』
……そう先輩たちが周りに広めてくれたんです。
今では私の拘束具も外され、本来の戦闘適正に即した形の装備が認められるようになっていました。
ようやく私も半人前から、一人前になったということなんですが……。
「……レグルスそっちに一匹ウイルス行ったよー!」
「えっ!? えっ!? うきゃぁああ~~!?」
「……頭からウイルスとぶつかって転んじゃったわ」
「うううう……痛いですぅ……」
「……大丈夫? レグルス?」
「あ、シリウス先輩! は、はい。ちょっと鼻を打っちゃいましたけど」
「赤くなってるね……あ、でもちゃんとぶつかりざまに、ウイルスは駆除したんだ。えらい、えらい!」
「そ、その……私も一応防衛プログラムですから!」
「うん! この調子だね!」
「はいッ!」
私の心には今でも甘く泥のような破壊衝動が湧き上がることがあります。でも私は自分からは逃げません。自分の中にいる『彼女』たちもひっくるめて、この世界を守って見せます。
「……シリウス先輩! 私、頑張ります!」
私はシリウス先輩が差し伸べてくれた手を迷わず握って、立ち上がりました。