ニニカ ストーリー

EPISODE1

ニニカ・クロッシュ
「死を語ることに、死を知る必要はない……深淵には途方もなく、暗く深くあって欲しいもの」

いつか終わりゆくことが決定付けられたセカイ。
緩慢な死を待つ間に、人々は心を委ねられる言葉を求めていた。
束の間の安息を提供する一人の少女……の形をした自称哲学者。

彼女が紡ぐメッセージには不思議な力が宿ると語られていた。
……否、騙られていた。
「罪深いのは神様? それとも私たち?
季節はもう、巡る回数を終えようとしているのに」

彼女は瞳に狂気を孕んだままに呟いた。
何の意味も為さない言葉を。
まるで何らかの真理を語るかのように。

EPISODE2

気怠いまま、世界は終わる
「まるで無音のパレードみたい……」葬列を見下ろしながら、少女は欠伸をして囁いた。

物語の英雄にはなれないと知ったのは何歳の時だっただろうか。
その他大勢として誰も与り知らぬところでその生を全うする。
それが運命だというのなら、そんな自分を殺してしまいたかった。
けれど、そんな自分に生きるに値する価値を与えたいとも思った。

埃をかぶったいくつもの哲学書を取り出す。
「英雄はその活躍と共に名が残り……詩となる。
……哲学者なら、言葉と共に名が残り……書となる」
どうせ終わりゆくセカイなら、少しでも優しく殺してあげたい。

小さく笑ったその時には、既に魅入られていたのかもしれない。
……治療法の存在しない病に。

EPISODE3

空想少女と壊れたピアノ
「弾いた通りの音が鳴らない鍵盤。もう直せないの。あはっ、神様にとってのこのセカイみたいなモノ?」

人は誰しも、自分にとって都合のいい……信じたい言葉を求める。
哲学書の最後のページに『すべてフィクションです』と記されていたとしても構わない。
満たされたら、そこで本は閉ざされる。

「綺麗な言葉は軽いものね? けれど真実は重い。
受け止められないから、聞かなかったことにしたい」
誰もが求める理想的なファンタジーほど滑稽なものはない。
それを騙り、語る私は哲学者ではなくピエロになるのではないかと笑った。

瞬きする間に、たくさんの命が失われているのに。
人々はそれから目を背けて終わりに向かって歩き続けている。
瞬きする間に、たくさんの新たな命が誕生している。けれど……。
「どうせセカイは終わるのに……」

EPISODE4

雑多な衣装を並べて
「元々は白だった灰色は、やがて黒に成り果てる。何の話かって? 子供が大人になるまでの過程の話よ」

説得力というものは不思議なもので、老人に言われた事柄はなぜだか真理をついているように思えてしまう。
積み重ねの末に辿りついたある種の解答のように受け取ってしまう。
例えそれがただの呆けた戯言だとしても。

「少女性にも、人は神秘を見出す。
眠たげな瞳は全てを見通すように。
儚げな雰囲気はこの世ならざる存在であるかのように」

衣服でさえも、無意識内の判断材料に成り得る。
なら、それさえも望まれるものを着てみせよう。
それで言葉に魔力が宿るというのなら。
……そう、思い込んでくれるというのなら。

「歪んでいる? 先に歪んでみせたのはセカイの方ではなくて?」
正しい嘘が存在するのかも知らぬまま、私は正しいと信じる嘘を唱え続けた。
誰にもそれが嘘だと指摘されることはないままに。

EPISODE5

薄暗い書庫
「もう続きのない童話の中で、王子様とお姫様は幸せで居続けられたかな? めでたしめでたしの後は?」

結局のところ、描かれている事がすべてだ。
その範疇を逸脱する光景は想像しないという勝手なルール。
例えその後に悲劇が待ち受けていたとしても、良い部分だけを何度も何度も繰り返し反芻される。

「私自身を記録に残す時も、そのようにしてもらわなくてはね?」
童話の絵本ではなくもう少しだけ敷居の高い書になるだろうけれど、それをイメージするだけでとても気分が高揚した。
「そこに私の過去など記される必要はないのだから」

物語の英雄になどなれないのだと知ってしまったあの日のことも。
忌まわしい出来事は、記憶にも記録にも残してはならないと首を振って頭の中から追い払う。
例え不都合だらけの仮説だとしても、私はそれを唱え続けるんだ。
……そのせいでこの先にどれだけの血が流れても。

EPISODE6

届いたのは涙で湿った手紙
「あきらめたら何も怖くなくなるのに、どうやら人はあきらめるまでが怖いらしい。ふぅ、面倒なものね」

私の言葉に救われたという内容の涙に濡れた形跡のある手紙に心動かされることはなかった。
あきらめるための背中を押したようなもの。
楽にはなれただろうけれど、それはある種の死に等しいのだから。
「本当に救いたいのは、私自身なのかもしれない」

慈悲の心をもって手を差し伸べられたら、私はその手を取るだろうか?
……差し伸べられた手に毒が塗ってあったとしても、笑ってその手を強く握るのだろうか。
私がしている行為は実質そのようなものだった。
「肝心要の慈悲の心さえも嘘で塗り固められてはいるけれど、ね」

EPISODE7

とある花屋の前で
「品種改良された花を美しいと感じるのが正常なら、何もかも見栄え良く整えればいい。死でさえもね」

美しい死は、死を知らぬ者にとってとても甘美に見える。
そこにあるであろう痛みも苦しみも瞳には映らない。
「それは、とても素敵な事だって思うの」
そう見えるだけで、実態は異なるとしても。

品種改良された夢は、都合よくできすぎていてどこか歪な形をしている。
「歪なものが悪いモノだという固定概念は、だれが決めたものなのかしら?」
どれだけ歪んでいても、それに救われるならばそれは良いモノではないか。

どうせ、誰かが幸せになろうとすることで他の誰かが涙を飲むような天秤の上で成り立っているようなセカイだ。
血で表紙が赤く染まった哲学書を指でなぞりながら、私は自嘲するように笑っていた。

EPISODE8

子供にだけ届くサイレン
「私の描いた物語に、私自身が失望しないように。私の耳にはもう、とうにサイレンの音は聞こえていない」

嘘をついた数だけ人は変わってしまうというのなら、もう私は原型すら残っていないだろう。
名前も、吐き出す言葉も、取り繕った姿も……何もかもが偽りだった。
何食わぬ顔で、理路整然と美化した作り物。そうすることで、自らを守っていた。

「壊れてしまわないように。あるいは、もうとっくに壊れている?」
私だけを置いて一線を踏み越え……自分たちで命を断った愛すべき家族たちを追うように、死を恐れた私はそれとは別の一線を踏み越えてしまった。

「誰かの命を救うような物語の英雄に、私はなれないんだ」
あるいは、それさえも偽りの記憶なのだろうか?
全てを正当化するために創り出した悲劇的なストーリーなのだろうか?
それさえもわからなくなっていた。

EPISODE9

逃げるように駆けていく猫
「誰にも追いかけられていないのに、一体何から逃げているつもりなんだろうね?」

無数に紡いだ言葉の中で、『目に見えるものはどうでもいい』とも『目に見えるもの以外どうでもいい』とも両極端な事を語っていた。
本当は何もかもがどうでもいいのにと思いながら。

駆けていく猫の行き先には、きっと誰かが待っているのだろう。
脇道から聞こえてきた猫の悲鳴は喧騒に流されて、表通りでは誰もがそれに気づかず笑っていた。
「これも天秤? いいえ、きっと天秤にさえ影響しない些細な……」
それは私も同じだとどこかで思いながら、哲学書を仕上げるために帰宅の途についた。
何かに追われているかのように、足早に。

誰も私に目を向けてなどいないのに。

EPISODE10

世界が終わるみたいな赤
「あなたみたいな子、たくさんいるのよ」そう言われた私は、夕焼けに向かって薬を放り投げた。

病気に分類されるだけで、全ての事は意味を失った。
悲劇のヒロインぶって駄々をこねている子供という烙印を押された。
夜を徹して書き上げた哲学書は、一瞥されて鼻で笑われた。

「何も……何もわかっていない癖に。わからないもの……理解できないものが怖いから、わかるものとして仕分けをしているだけ」
私は薬と共に血に濡れたナイフも放り投げながら呟いていた。
死んでしまえば、その存在と共に言葉も喪われる。
「私のような哲学者は別だけれど」

軽く感じていた頭痛の薬までも捨ててしまったことに辟易しながら、何事もなかったように歩いていく。
特筆すべきこともない出来事を置き去りにして。
世界が終わるみたいな赤は、夕闇に覆われてすぐに見えなくなってしまった。

EPISODE11

続いていく物語
「幾つもの夜を越えて自分が特別じゃないって気付いた子供は、少しずつ“特別”の価値を下げるんだって」

手が届きそうで届かない場所へ、無意識に悪意なく。
「それはとても可愛らしくて、とても醜いね」
そんなかつて子供だった大人たちに届けにいこう。
例えセカイが終わっても、言葉と名前が残るように。
それが傷という形をしていたとしても、血を伴っていたとしても、強く残していく。
「私の読んでいた童話の最後は、必ずこう書かれていたっけ」
めでたし、めでたし……

カーテンコールには、応えない。

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