下々の民よ聞きなさい
「ワタクシはステラリウス・エオン・ブリルノーヴァ。帝国の末姫にして絶世の美姫ですわ」
ワタクシの名前はステラリウス・エオン・ブリルノーヴァ……
一字でも間違えたら、処刑ですわよ?
ワタクシは『真理の女王』と称される偉大なる母王の治める帝国の末姫にして、帝国一の絶世の美姫として家臣たちだけでなく、多くの平民たちからも羨望と信頼の眼差しを一心に受ける存在なんですの。
そう……ワタクシの類稀な美しさ、比類なき知識と教養……これは既に国宝に指定されるべき輝きを放っていると言えるでしょう。
この煌めきを他国の民にも是非、拝ませてあげたいのですが……残念ながら、我が帝国は隣国とは戦争状態にあるんですの。
そのせいなのかしら? ワタクシはろくに城の外にも出してもらえないんですのよ。
……あら? でもお姉さまたちは、割と頻繁に城下町にお出かけしているような……? おかしいですわね。
どうして、この帝国で一番美しく一番賢く、一番高貴で一番おしとやかなワタクシが、自由に外に出られないの!?
……キィ―! 爺や! 来なさい! 話があります!
あぁ退屈ですわ
「母上はいつもお小言ばかり。ああワタクシに力があれば、籠の中の小鳥のような生活を壊せるのに」
「はぁ。ステラ……どうして貴女はそんなにお転婆なのですか? 今は国の有事、貴女は民を支える王族の一員として、もっとしっかりしなくてはいけませんよ」
……母上は今日も理不尽なお小言ばかり。
いいお天気で、刺激を求めてお城の塔の屋根でお昼寝をしていただけだというのに……。
まるでワタクシは鳥籠に囚われた小鳥のよう。ここはあまりにも変化がないんですの。
周りの皆は、みんなワタクシに優しくしてくれるけれど、ワタクシがここから羽ばたこうとすると、大急ぎで籠の扉に鍵をかけてしまう……。
このままでは退屈で、息が詰まって死んでしまいそうですわ……。
「ワタクシに力があれば、この身を囲う籠ごと壊してしまえるのに」
そんなことを考えながらワタクシは眠りにつきました。
素晴らしい力ですわ!
「突如ワタクシの前に現れたこのギターという楽器。素晴らしい! 手にしただけで力が湧きますわ!」
……その日、ワタクシは不思議な夢を見ました。
夢の中で、私は棒とも板ともつかない不思議な物体を手にして、喜々としてその物体を操っていました。
すると、その物体からは今までに聞いたこともない魂を震わせるような音が鳴り響いたのです!
「……今のは一体!?」
慌てて飛び起きると……なんとベッドの横には、夢の中で出てきた謎の物体が置いてあったのです!
「……これは、楽器? そう……『ギター』だわ!」
こんなヘンテコな楽器は見たことがありません。
それでもワタクシは、この楽器の称呼と演奏の仕方を完璧に理解することができたのです。
「なんてことかしら……」
ワタクシは震えが止まりませんでした。
それは言うまでもなく恐怖ではなく歓喜の震えでした。
震える手でギターに触れると、信じられないほどの力が湧いてきて、気分が高揚するのが分かりました。
「……これは『WELCOME』?」
ギターには血のように真っ赤な文字で、一言だけ贈り主のメッセージが記されていました。
破音の王女と呼ばれて
「ワタクシの力で隣国との戦争は終結。平和になりました……あぁ、なんて刺激がないのでしょう」
ギターを手にしたワタクシは、自ら進んで戦場に立ち、破竹の勢いで敵軍を圧倒していきました。
「……ステージの始まりですわ! さぁ!ワタクシのテクニックの前にひれ伏しなさいっ!」
ワタクシのギターの音は、時に遠くの敵を吹き飛ばし、時に味方の戦士の心を鼓舞しました。
どんな歴戦の猛将でも、ワタクシのギターには敵いません。
こうしてワタクシはたった一本のギターの力で、隣国との戦争を勝ち進め、見事帝国に勝利をもたらすことになったのです。
人々はワタクシを『救済の王女』または『破音の王女』と呼び、英雄として褒め称え、崇め奉りました。
それはそれで悪くはない気分ではあったのですが……。
「ワタクシが求めるのは……こんなものではない。ですがワタクシの求めるものとは一体なんですの?」
戦争が終わり平和が訪れると、ワタクシの心を再び退屈の病が蝕み始めました……いいえ。今度はもっと深刻です。
ワタクシは、自分の求めるもの正体が分からず、一人で煩悶する日々が続いたのでした……。
ワタクシ以外のギタリスト
「ワタクシ以外にギターを持つ者がいる?……気に入りませんわね。様子を見に行きましょう」
退屈の病に蝕まれたワタクシでしたが、先の戦争によって訪れた平和はどうやら仮初のものだったようで、帝国には再び戦火の足音が近づいて参りました。
「……なんですって? ワタクシ以外に、ギターの所持者がいる?」
「はっ!」
「……気に入りませんわ。ただちに出撃します!」
気に入らないと口では言いながらも、ワタクシの心は高鳴っていました。もしや、まだ見ぬギター遣いがワタクシの望んでいたものなのかも……?
「あれが……ワタクシ以外のギター遣い」
敵兵が持っていたのは、確かにワタクシと同じギターでした。ワタクシにはそれが魂で感じることができます。
ワタクシとギター遣いは同時に激しくギターを掻き鳴らしました。
するとワタクシは今までにない興奮を覚えました。共に奏でることでギターの音は層となり、どこまでも高みに上っていく……ワタクシの心は喜びに震えました。
でも、それもほんの一瞬のこと、相手がワタクシのテクニックについてこれなくなってしまったのです。
「なんだ……つまらない。あなたのようなものが、ギターを持つのは不快ですわ」
ワタクシは敗北した男からギターを取り上げると、自分のコレクションに加えることにいたしました。
ギター狩りの王女
「ウフフ。こんなに沢山のギターがあったなんて。……でもこの楽器は誰が創ったものなのかしら?」
戦争が本格的になると、各地でワタクシ以外のギター遣いが確認されるようになりました。
ワタクシはギター遣い発見の報が入ると、すぐさまその戦地に飛びました。
(もしかしたら……今度こそワタクシを満足させてくれる相手かもしれない!)
そう思い、戦場で出会った相手とは肉体と精神を限界まで高めるセッションバトルを繰り広げましたが……。
最終的に勝利するのはいつもワタクシの方でした。
ワタクシは対戦相手のギターは全て取り上げました。弱者に過ぎた力は必要ありませんから。
ワタクシの手元には戦いで勝利すればするほど、沢山のギターが集まるようになっていたのです。
「……このギターという楽器は不思議ですわ。よく見ると各々形も微妙に違う……奏でる音もなんてバリエーションに富んでいるのかしら?……本当に素晴らしいですわ」
その時、ワタクシはふと疑問に思いました。
(こんな素晴らしい楽器……一体誰が何のために発明したのかしら?)
少なくとも我が帝国だけではなく、各国を見てもこんな楽器は過去にも現在にも存在していなかったのです。
それが、どうして今になって急に各地で発見されるようになったのでしょうか?
炎の巨人との邂逅
「ある戦場でワタクシは炎の巨人に出会いました。彼の音はワタクシよりも力強く凄まじいものでした」
その日もワタクシは戦場で戦った相手のギターを奪い取っている最中でした。
いつもと変わらぬ展開にワタクシの心は倦んでいました。そして相手のギターに触れようとしたその瞬間……。
にわかに辺りは暗くなり、あっという間に嵐がやって来たかと思うと、空には雷が光り、戦場は敵味方関係なく大混乱になりました。
「お、王女! あれをご覧ください!」
兵士が指さした天上を見ると、そこには宙を裂き、禍々しい炎を纏った巨人が出現していたのです。
「あれは……神か!? 悪魔か!?」
兵たちはこの世の終わりが訪れたように騒ぎ立てましたが、ワタクシの関心は別のところにありました。
「あの巨人が手にしているのは……ギターですわ!」
巨人は手にしたギターを天高く掲げ、振り下ろすと同時に掻き鳴らしました。
その音の凄まじさ! 巨人はたった1フレーズ演奏しただけだというのに、大地は割れ、戦場は砕け散ってしまったのです。
ワタクシは幸い怪我もなく、無事に生き延びましたが自尊心は大地と同じように砕けていました。
ですが、同時に歓喜もしていたのです。
「あの音は……ワタクシの音よりも勝っていた。あの炎の巨人の奏でる音こそワタクシの理想ですわ!」
理想を手に入れるために
「炎の巨人の音に、ワタクシのギターでは届かない。ならば今すぐ強化ですわ! 技術者いらっしゃい!」
城に戻ったワタクシは、すぐさま国中の技術者たちを呼びつけ、こう命じました。
「……ワタクシのギターを進化させなさい!そして唯一無二の音色を奏でるようにするのです!この研究が終わるまで、家には帰しませんわよ!」
従順な技術者たちはワタクシの願いを快諾してくれました。決してギターで脅したりなどしておりませんよ?
そして文字通り寝食を惜しんで研究は続けられました。
ですが、なかなか理想の音には近づきません……。
(一体……何が足りないというの?)
そこでワタクシは自分のコレクションとして保管していたギターの数々を技術者に提供し、さらに研究を続けるように命じました。
ワタクシの願いはただ一つ。
(どうしても、何が何でも、あの炎の巨人の音に近づきたい……いえ、あの音を打ち破りたい!)
……敬虔なワタクシの祈りが天に通じたのか、ついに考える限り、最高で最強のギターが完成したのです!
「……これで、あの炎の巨人とセッションバトルをすることができますわ!」
ワタクシの胸はまだ見ぬ炎の巨人との邂逅に甘くときめいていました。
出会えぬ理想
「進化したワタクシのギターの前に、大陸全ての国がひれ伏した……でもあのギターは見つかりません」
進化したギターを手に入れたワタクシは、以前にも増して、苛烈に戦場を駆け巡るようになりました。
どんなに厳しい前線であっても、そこにギター遣いが現れたと聞けば、臆するどころか喜々として飛んで行きました。
ですが、そこにいるのは決まってちゃちなテクニックしかない下っ端ギタリストばかりで、ワタクシの心を燃やしてくれるどころか、かえって凍り付かせるような者たちばかりでした。
もちろん、あの炎の巨人には会うことはできません。
(ああ、一体どこにいるの!? あの炎の巨人は!)
ワタクシがいくら願っても、炎の巨人はあれっきり姿を現そうとはしませんでした。
ワタクシの手元には幾千幾万とギターが溜まっていき、そしてついに終着を迎える時がやって来ました。
我が偉大な帝国が、大陸の全てを手中に収めてしまったのです。
もはや、有象無象のギタリストすらいなくなってしまったのでした……。
大陸全てを支配し、頂点に立って尚……ワタクシは自分の求めるギターには出会えなかったのです。
空しい栄華と満たされぬ心
「帝国の民はワタクシを讃え敬いました。でもワタクシの心は乾いていた。どうしてもあの音に出会えない」
全ての戦場を勝利に導いたワタクシを、帝国の民は『破音の王女』とすら呼ばなくなり、『破音の女神』と信仰し、ワタクシの力を恐れ敬うようになりました。
ワタクシの母上……『真理の女王』ですら、末姫であるワタクシを次期後継者として据えるようになり、存在を誰よりも尊重するようになりました。
また帝国の支配下に置かれることになった各国からは毎日山のような貢物がワタクシの元に届くようになりました……
ですがワタクシは、どれだけ敬ってもらっても、特別な待遇を受けても、贅の限りを尽くしても、一向に心を満たすことができませんでした。
むしろ心はどんどん乾いていくのを感じました。
「ああ……あの音にはどこに行けば出会えるの?」
気が付くとワタクシは一人で古代の祭祀場だった遺跡を訪れていました。
ここは古の民が、神に感謝と祈りを捧げていたという聖なる地……。
ワタクシは自然とギターを鳴らし、神に祈るような歌を口ずさんでいました。
すると……。
「この音は! 間違いない! あの音ですわ!」
なんと、恋い焦がれていたあの炎の巨人のギターの音がどこからともなく聞こえてきたのです!
恋焦がれるあの音の元へ
「これはあのギターの音色! あの巨人の正体もまだ何も分からない。でも今は進むだけですわ!」
悲願とも言えるギターの音を耳にして、ワタクシの心は大きく高揚していました。
「どこ!? 一体どこから聞こえてくるの!?」
そんなワタクシの声に応えるかのように、目の前の遺跡にはさっきまでは存在しなかった地下への階段が現れていました。
「これは……」
階段の中から吹いてくる風は、聖地にまるで相応しくない禍々しさを漂わせています。
中を覗いてみても真っ暗で、一体どこに続いているのか? 果たして終わりが本当に存在するのか?
……ちっとも伺い知ることができませんでした。
そもそも、ワタクシはあの炎の巨人が一体どのような存在なのか? 彼に対する知識を微塵も持ち合わせていないのです。
でも……それでも……。
「……あの音をワタクシのものにできるのなら躊躇う理由なんてありませんわ」
ワタクシは恐れることなく足を進めていきました。例えこの先が、どのような場所に繋がっていたのだとしても構いませんわ。
ワタクシは自分のギターを信じ、自分の魂のままにどこまでも進んでいくと決めたのですから。