青の死神
クレメンス曰く――「死神とて、また神。人の目で語ることはできない」
青の国の王都。その地下にある巨大な先史遺跡には、数多くの古代文明の遺産が眠っていた。
死神もまた、そこから現れたと推測できる。
青の王族に伝わる伝承によれば、国へと大きな災いが起こったとき、国の民の怨念に死神は応え、国に仇なす敵を必ず討ち滅ぼすという。
今、帝国軍の機械兵器は一度去った。
死神の前には我々がいる。
だが恐らく死神は、我らを敵として認めたようだ。
……神の真意は知れない。
神には神の価値観があり、それは人とは相容れない。
クレメンスの記憶
「青の国の地下……そこで私は死神の眠る姿を見た」
記録しよう。私はクレメンス。元帝国軍技師だ。
あの死神を見て、ようやく思い出す……私はかつて一度だけ、青の国の地下深くを訪れたことがあった。
大戦を終えたばかりの当時まだ、青の国と帝国は協力関係下にあった。青の王族の依頼によって、古代遺構の調査を帝国の技術班が行ったのだ。
その班には、私と、まだ幼かったあの天才少女、イセリアもいた。
地下の構造がどうなっているのか、数度の地殻変動によって昔の通路地図は役に立たず、肝心の『機神の繭』を発見することはできなかった。
その代わりと言ってはなんだが……興味深いものを見ることができた。
それは、死神の眠る姿だった。
こんな伝承上のものが、ここに実在していたのか。
王族はこの死神の存在を知っており、だが隠そうともしていなかった。むしろ我々にこの存在を明かすことで軍事的な駆け引きを目論んだのだろう。
クレメンスの研究
「死神とは何か? このエマーグにおける神には世界を造り替えるほどの能力がある……」
ここで言う死神とは、なんなのか。説明しよう。
古代文明人は、現在の大陸エマーグとはまったく異なる技術体系を持っていた。
当時のエマーグはエーテルが乏しく、住みにくい場所だったため、彼らはさまざまな機械の神を建造し、大陸の環境を最適化した。
神――すなわち神話の中の存在。
神話教国の教典にもそのいくつかは登場している。
雷を操る主神と、それに並ぶ実力を持つ炎の神が特に有名だ。神々には世界を造り替えるほどの能力がある。
しかしエマーグでの神とは、人が造り出した、目的のための巨大な人型だった。
死神も、そうした機械の中のひとつだ。
しかし長い年月を経るうちに、神そのものの意味合いが、人の中で変化していった。
死神自身(とあえて呼ぶが)の目的や機能も、元来のものとは異なるものとなっている可能性が高いだろう。
実物を前にして、私はそれに確証を持つ。
クレメンスの推論
「機械の神は、人々の意思を集めて稼働するという。死神の暴威は本来、何のためのものだったのか……」
機械の神は、人々の意思を集めて稼働するという。
青の伝承においてもそうであるし、神話教国でのそのように伝わる。砂漠の民話でも、恐らくそうだろう。
意思や感情が、エネルギーとなるのだろうか?
だが現に、教国では信徒たちが願うことによって生まれる結界『心の壁』によって国防がなされている。
その壁は古代の装置が生成する。目には見えず、けれど強固なもので、相応しくない相手を自動的に拒む。
装置の原理は帝国の叡智すべてを結集しても解き明かすことはできなかったが、ただ、現存するという事実だけで、人の意思の力の証明はじゅうぶんだろう。
しかし……死神は本来、何を相手にその暴威を振るうものだったのだろうか。
恐るべき力を持った存在だということは対峙してみてよくわかった。が、平穏を謳歌する青の国にはあまりに似つかわしくない代物だ。怨念が、死神を変えたか?
それとも古来より、これは無差別殺戮の神だったか?
……そんな呪わしいことを、信じたくはない。
王子グレンの追憶
「王族に密かに伝わっていた、機神を操作する手順。そして目を開いたのが、あの死神だったんです……」
青の王子にして次期の王、グレンはのちに供述する。
――先々代の青の王族だったと思います。あの死神の封印を一度解いたのは……
機神たちには繭や卵と呼ばれる状態があって、その形で眠らせておくことで、城塞周辺のエーテル環境は保たれていました。
だけどある時、エーテルの流れが壊れ始めて……
今思えばこれこそが、大陸すべてを覆った大戦のきっかけになったあの大規模エーテル異変の兆候だったんだと、そう思えるけど……
王族たちは乱れたエーテルによって国が荒れることを良しとせず、環境調整のためにひとつの神を呼び覚ますことを考えつきました。
機神を操縦する手順は、古くから王族には伝わっていたけれど、もうほとんど忘れられていて、しばらく誰も試したこともない。
それでも、万が一にも機神を操ることさえできれば、危機を乗り越えることができる……
当時の王である僕の曾祖父は、側近たちに命じて儀式を行い、眠っている神を目覚めに導きました。
そして目を開いたのが、死神だったんです……
『死神』となっていく死神
「ただ不気味な姿をしていただけの死神は、本当に死を司る存在へと変わっていきました」
今でこそ死神は、本当に死をもたらす存在として知られていますが、そこで目覚めたばかりのそれは、ただ人にとって威圧的な見かけをしただけのものでした。
その時の王たちは、さまざまな制御命令を死神に対して試しました。けれど、そいつはまともに動かない。
ただ立ち尽くしているだけのようでした。
そこで王たちは……死神に、手を加えたんです。
やはり古代からの記録に残されていた、怨霊の術。
下等な神をも操るというその死の術をかけられた死神は、ついに思惑通りに働くようになりました。
呪術師たちは微少な良質のエーテルを死神に集めさせて、それを地下の古代文明装置を使って増やしました。
そのうちに、地盤や土壌の疲弊していた城塞都市は、少しずつ輝きを取り戻し、蘇っていきました。
けれど死神は、エーテルと引き替えに。
密かに毒を、生んでいました。
また、どこからか集めてきた良質エーテル……
その正体は、死んだ人間の魂や心、だったんです。
城壁の外の地獄
「堅牢で優美な国を維持するため、配備された死神はあらゆる暴虐を城塞の外で試したんです」
さらに王族は、元々の青の戒律では武器を持つことが禁じられていたこともあり、そのため大陸全土で戦争の機運が高まってくると、都市の軍組織とは別途に、この死神を城塞の自衛装置として配備しました。
死神はここから、真に死の象徴となっていきます。
都市に住む民衆の願いと寿命を糧にして。
エーテルを破壊と蹂躙のパワーへと変えて。
近づく敵を呪い、地獄へ堕とす。
死神の振りまいた毒は、青の国のエーテルを奪おうと城塞へ襲い来る他国の軍勢を苦しめ続けました。
その死神の圧倒的な能力で、青の国は守られました。
美しい、青の国が……
怨念と毒の充ちる外界と、城壁で隔てられた国が。
僕は、王家がこんな手段で戦いをやっていたなんて、ずっと知らなかった。父王や兄は、王位継承権の低い僕には、長い間、真実を明かしてこなかったんです。
降り積もる雑念
「死神は眠りにつきます。重要な間違いを抱えたまま、多くの呪いと毒を蓄えて……」
数度の戦争の後、敵と戦う役目を追えた死神は再び地下深くに戻されます。
けれど、死神は封じられてはいなかった。
半分だけ眠らせておくことで神からエーテルのパワーをより安全に多く得られると知り、祖父や父、王族は、市民や外国にはこのことを伏せたまま、死神を都市の動力や環境管理のために使い続けた。
ここに、重要な間違いが残っていました。
そのほうが強い力が得られるからと言って。
死神に掛かった怨霊の術は、解かれないまま。
怨念と毒は、形としては表に現れず、見えず、けれどどこかにずっとずっと、蓄積されていた。
民はもちろんそのことを知らない。
王族すらも、しばらくは死神のことを忘れて……
そして前の大戦の時、父王たちは再び死神を戦線へと送ろうとして、ようやく死神の危険に気づくのです。
イセリア侵入
「あれがドッペル・ドミナント、劣った偽の神か。青の国も意外と愚かで腹黒だな」
記録しよう。私はイセリア。帝国最上級技官である。
青の城塞都市の地下にある広大な古代遺構。
そこには、多くのドミナントが残されている。
ドミナント――つまり、機神。機械の神。
先史の人間たちはこの神を従えて繁栄した。
人の操る神によってエーテルを支配できるというならそれはまさに我が帝国軍が探し求める機構そのものだ。
なんとしても、手に入れねばなるまい!
我が精鋭EEF部隊は、最新兵器テトラコルドにより青の城塞を叩きのめし、瞬く間に市街を制圧した。
そして地下に新たなドミナントの反応を発見。我々は機神トールを奪取すべく、廃墟へと突入した。
だが……フフフ、こいつは驚いた。
ドッペル・ドミナントのお出ましか。それを死神とは言い得て妙だ。下等な神ゆえに一度機能が狂えば、たちまち理性と知性を欠き、無差別な殺戮に走る。
こんなポンコツの神を飼っていたとは、まったく青の国の連中も、意外と愚かで腹黒だということよ。
死神との対決
目覚めた死神は使命を失い、ただ襲うべき相手を探す。戦う運命からは逃れられない。
「その死神は無視しておけ。放置していれば利用価値がそのうち出てくる……もっとも我らのEEF装備をもってすれば、駆逐は難しくないがな」
イセリアはエーテル反応を歪曲させ、死神の目をそらした。帝国軍部隊は平然と死神の脇を過ぎる。
意図しない突然の目覚めによって狂乱した死神は、その呪怨を叩きつける対象を求めていた。
そして、シズマたち発掘旅団を目標と定めたのだ。
「僕のせいじゃない……本当に知らなかったんだ!」
グレンは死神の脅威を前にして、逃げ出してしまう。
毒素を持つ死神は、しかし肉弾戦によって旅団へと襲いかかる。その鋭い爪が皆を引き裂かんと迫った。
クレメンスは対策を考え、自ら動く。
「神とはいえ、あれも機械ならば機構的弱点が存在するはずだ。そこを突いてみるか。私も刀を抜く時だな……シズマ! 奴を止めるには、腹にあるアンプリファイアを破壊するんだ! 私も挑むぞ、呼吸を合わせよ!」
死神の死後
ついに死神は、シズマたちによって破壊された。グレンはクレメンスと共に、今後を考える。
「死神も、機神の亜種だった、というわけだな。あれで死神は死んだと思うかい、グレン王子」
「そうだ、と思いたいですね、クレメンス先生……死神のアンプリファイアは、すべて壊れていましたから」
「思いたい……確信は持てないのか?」
「しばらく、死神が再稼働することはないでしょう。でも機神たちには自己再生能力があるはずですから……」
「なるほど。今は動いていないが、いつ復活するか、気は抜けないというわけか。いずれ何らかの対策は必要になるのだね」
「ええ……」
「さて、しかしさらなる問題は機神トールだ。帝国はあれをどうする気だ?」
「きっと、繭の状態から制御すれば操れると思っているんでしょう……でも青の王族も、トールについては支配を諦めていたんです……あの力は、強すぎる」
「覚醒自体を阻止したいが……どうだろうな?」
「僕の技術や知識では少々不足なので、神話教国の聖女ルミエラの知恵を借りたいと思います」
「聖域か。我々も未知の領域に踏み込んでいくのだね」
× × ×
だが……
一度破壊されたはずの死神の姿は、再びそこに戻った時にはもう、確認できなかった。
消滅してしまったのか、それとも……
もし次に彼が我々の前に現れる時は、敵か味方か。